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IT人の政治リテラシー向上を目指して

元政治家秘書、現IT起業家が主にIT起業家、エンジニア、デザイナーなどIT業界人の政治リテラシー向上を目指して、日々のニュースや政治トピックについて言及。たまに起業ネタや映画ネタなども。5分で読める1,000文字、10分2,000字を目標。

ブレンパワード解説

※下記作品のネタバレを含みます

 

 

 

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ブレンパワードは時間軸としては、実は他の未来アニメ、攻殻機動隊サイコパス、そして同じ監督のガンダム作品より後の時代の近未来世界の話になる。

 

攻殻機動隊サイコパスでは、人間の思考アルゴリズムそのものは現代のまま、ただテクノロジーの一部が肥大化している現代世界の延長にあるのに対して、ブレンパワード内の世界では主役たちには人の内面に変化が垣間見える。 すなわち、思考アルゴリズムの変化がある。

 

オーガニック的なもの、テクノロジーと有機的なものの融合、内面の「サステイナブル化」というものに近い。現代社会でサステイナブルが叫ばれていても、それは外面的なところに留まることが多く、内面の話題にはまだ遠い。それが最も象徴的なのは一人一人が戦う意義が、敵味方共に「愛情」にまつわる話が多い。

 

世界を支配しようとか、自分の権力や富を求めるといった、資本主義的な欲望の動機から行為が産まれるのではなく、それらと既存の社会の枠でもがきながら戦うわけでもない。

愛されなかったことに背を向けた人々(オルファン、リクレイマー、グランチャーサイド)と、愛されなかったけれども愛していこうと決めた人々(ノヴィス・ノアブレンパワードサイド)とが「愛情」にまつわる復習と願いのために戦う、かなりロマンチックな物語になっている。

 

主人公、伊佐未勇は、最初はグランチャーに乗り、オルファンサイドにいるが、ヒロイン宇都宮比瑪と出会い、ブレンパワードサイドに寝返る。

 

そこに存在する心境の変化というのは、彼自身が「愛」だと思っていたものとは、違う「愛」が存在することが宇都宮比瑪と出会って知ったことにある。

 

基本的にグランチャーは、パイロットがいないと死んでしまうが、その思いはいつも一方通行で、パイロットに強制を強いる。逆にブレンパワードはお互いの意思を尊重する。

 

お互いを求め合う愛と、お互いが協力して一緒に生きていく愛と、日本語では「恋人たち」とか「愛」と同じ表現しかない。しかし、愛には違いがある。お互いを求め合うだけの愛は、一方的な分、辛い時がある。愛しても愛した人が応えてくれなかった場合(伊佐未兄弟)、その愛し方が相手に伝わらなかった場合(ジョナサン)、失って途方に暮れてしまった場合(シラー)など。愛の形によって、色々な特徴あるだろうが、本作では一方的な愛の辛い面が、対比を用いてフォーカスされている。

 

伊佐未勇は宇都宮比瑪、ブレンと出会い、またそうした一方的な「愛情」に失望し、諦めてしまったリクレイマーたちと離れることで、お互いを理解し合う違う愛情があることを確信し、リクレイマーの統率者であった家族の元を離れる。

 

オルファンもノヴィス・ノアも同じようにオルファン(孤児)の集まりだが、ノヴィスが暖かさで満ちているのに対し、オルファンの人々は、心を閉ざし、冷たい。だが、その冷たさの中で育ってしまうと他に愛の形があることを知ることがない。

 

勇はオルファンに来る前、幼少の頃に、祖母、直子と共に自然と共に畑を耕し、家族を愛する生き方を本来は持っていたから、気づけたのだろう。

 

同じ生活をしていた姉の依衣子は、逆に家族を捨てられない。勇よりも家族への愛が深いが故に、家族への執着、依存から抜けられないために、最後までリクレイマーとして戦い、そしてオルファンとの融合を果たす。

 

ブレンパワードサイドもグランチャーサイドも、双方、「愛情」に何らかのトラブルやトラウマを抱えた人々だが、決定的な違いはブレンパワードサイドの人々は、自分の受けた仕打ちを受け止めて、それでも人を愛そうとする人々の集まりで、グランチャーサイドの人々は自分が受けた仕打ちで相手や世の中を恨み、責めてしまった人々の集まりである。

 

もう一つ、大きなテーマとなっているのが、「愛情」の権化たる「女性」である。

最も印象的なのは

 

「男も女も自分のエゴばかり追うようになって、男は女が女であることをやめるのを許した」

 

という勇のセリフがあるが、原作者、富野由悠季現代社会への嘆きが垣間見えるセリフでもある。このテーゼは風の谷のナウシカにも通じるものがある。現代では、もはや何が「男性らしく」「女性らしい」のかすら、わからない世界になってしまっているからだ。

 

何が女らしさか、それは小説で表現するより、こうした演劇や映像で表現する方がわかりやすい。作中では女として生き、それぞれの女性としてのあり方をする魅力的な女性たちで彩られている。

 

戦場にいても女であり続けようとするカナン、ヒンギス。女であることを捨てたはずなのに忘れられない、勇の母みどり。母性を捨てられなかったアノーア。一度女を捨てたことを後悔し、晩年に恋愛をする直子。そして母性の対比象徴としての姫と依依子など。

 

そしてどのような大義名分を並べても、結局女は女を捨てられない、ということが、作者が考えている女性像ではないだろうか。

 

戦争シーンも、殺しあっていても相手に敬意を払い、許すこともできる。敵味方でも協力することがあり、敵でも憎めないキャラが多く、作品全体がどこかほんわかしている。

 

結局、作者自身がガンダムの世界にある現代社会の延長でしかない、思考パラダイムの世界ではなく、その次の人類社会の思考パラダイムに気づいてそれを表現する内的な変化があったのもよく現れている。

 

次代の人の内面に目を向ける、男女の本質を問う、愛情のために戦う。どれもある意味、現代的なテーマではない。現代的なテーマは人の欲、人間のファンクション性や、もっと低俗な作品が多い。

むしろ、復古的でそれでいて、これからの時代のテーマとなるべき話題である。だからこそ、そのような評価は受けてないが、この作品は自分にとっては近未来の人類の話だと感じる。

お金持ちになるコツ

ドメイン(何をするか)の選択と集中が全てである。

 

まず、何百億といった単位を稼ぎたい、と考えた場合、公務員という選択肢は消えるのは自明だろう。

 

フォーブスランキングなどを見ればわかるように、その規模の資産を得る職業はほぼ決まっている。起業家、投資家、そしてあまり表には出ないが独裁者と相続だけである。

 

更に起業家と投資家の中でもドメインが決まっている。起業で言えば、小売とITに集中しており、エネルギーなどの分野の会社は大きいし、役員の報酬は莫大だが、公益性が強く、新規参入が難しい(ちなみにロックフェラーなどは相続をうまくやっているため、載ってこない)

 

逆にフォーブスに載る、一歩手前の収入であれば、アメリカなどのアイビーリーグレベルのMBAを取って、大企業のエグゼクティブになる戦略が考えられる。

 

投資家の中にも株式投資を行なっている比重が圧倒的に高い。もちろん、株式が金融商品の中では最もボラティリティが高く、うまくいった時の収益が大きいからだろう。

 

このように、どの職業、どのドメインを選択するかによって、原則収入の規模感の予測はできる。だが、選択と集中、これは大金持ちに限った話ではなく、どの職業においても同じことが言える。

 

原則として賃金は相対価値で決まる。つまり、収入というのは、大学の偏差値と同じ動き方をする。平均よりできれば収入は上がり、できなければ下がる。

 

もちろん会社員と賃金はマーケットよりも社内規定で決まるため、必ずしも綺麗に反映されるわけではないが、ドメインに集中した方が、賃金が上がる、という原則は変わらない。

 

では、ドメインの集中というのは、何か。これは原則そのドメインに対する学習量で決まる。つまり時間、経験、勉強したコストが多ければ多いほど、そのドメインに対するスキル、その人物の価値が上がっている。

 

ここで、そのドメイン自体が何らかの理由で独占状態だったとする。この場合、相対評価で決まることがないため、あまり学習しなくても一定の賃金が確保できるし、その逆に賃金が伸びないこともある。例えば公務員や、非常にニッチな産業などはこれに当たる。後者は本当に儲かるのであれば、必ず競争相手が参入してくるからである。

 

裏を返せば、原則競争相手がいる市場というものは、比較してどれだけドメインに集中しているからでその成果や報酬が決まる。

 

さて、長々と説明したがまず、説明したかったのは、うまい話などない。つまり例えばデイトレーダーのような仕事が楽、ということはありえない、ということである。

 

投資のシステムそれ自体の仕組みがわかっていれば、その結論になることはありえないのだが、それがわからなくても、これほど多くのプレイヤーが参加しているマーケットで高いリターンを継続的にあげるには、かなりの時間を費やすことになるのは明白である。

 

他のプレイヤーよりも学習し、また日々継続的に努力をする必要がある。

 

つまり努力の質も量も、社会で働くことと変わらない、むしろ大手で働く方が楽で、人付き合いがどうしても無理だ、という個性の人にとっては良い選択にすぎない、といった具合であると思う。

 

同じようなことは、他の副業、ネットワークビジネスのようなものにも言える。要するにうまい話は存在しない、ということだ。たまたままぐれ当たりで、儲かる人がいるが、それは宝くじで当たったのと変わらないため、サンプリングとしての参考にはならない。

 

では、一つの分野にこんなに頑張っているのに、なぜ成果が出ないのだ、というケースの場合、二つの可能性がある。まず一つは、最初に説明したように選択したドメインが悪い。もう一つは、ドメイン自体の理解が浅いため、必要な努力をしてない場合。(大学受験でいうなら繰り返し同じ問題を解いて偏差値が上がらないような状態など)

 

そして、どの分野もトップ、上位1、2割に報酬は集中しやすい。売れっ子は引き手数多だが、そうでない場合はスポーツや芸能の世界を見るとわかりやすい。会社においても、より良い会社に外注をするのと同じことである。

 

つまり収入を上げる、お金持ちになるにはどこまでいっても、選択と集中しかないのである。(女性が玉の輿結婚というドメインに集中して、女磨きをするのも同じである。)

 

 

トランプは北朝鮮を攻撃するか、ハイエクから読み解く

フリードリヒ・ハイエクが有名な著書「隷属への道」で説いたことは、ファシズム共産主義も同じ、全体主義の現れに過ぎず、両者には似たようなことがたくさんあるということである。

 

それと同時にファシズムが現れるには、中産階級の破壊や社会の全体主義的な下地があって、生じるものであることも合わせて指摘している。

 

また、これまでの人間社会の風潮として、特定の英雄あるいは悪役を祭り上げる「ヒロイズム」が蔓延しているが、ヨーロッパにおいてナチスドイツが台頭したのは、偶然ではないし、たまたまヒトラーという狂った指導者が現れたということもまた偶発的なことではない。

 

総じて人間は、特定の誰かを血祭りに、あるいは逆に祭り上げることで、物事を単純化して片付けようとするが、それでは真実は見えてこない。

 

さて、なぜトランプの話をする前にハイエクから入り、ナチスドイツの話をしたかと言えば、トランプが出現した経緯が極めてヒトラーの台頭に似たところがあるからである。

 

中産階級の崩壊、特定の階級への憎悪の広がり、政治に対する不信とそれと相反する過激な候補者への期待、全ての候補者に都合のいいことを言い、当選したらそれを反故にする政治家

 

これらは全てワイマール体制のドイツの現代のアメリカ社会に共通して見られる特徴である。

 

そしてヒトラーとトランプを比較してみると、両者ともファシズム的な要素を持ち合わせている。

 

ここでファシズムという言葉を改めて検討したい。というのは、独裁とファシズムというものが曖昧になりがちだからである。

 

ハイエクが述べたように、ファシズムは概ね共産主義と一致している。どこで一致しているかと言えば、全体主義的で、権力によって国民を一定の方向に強制するという点である。だが、ファシズム共産主義が異なるのは、ファシズムは国外、あるいは国内の特定の層から搾取する方向に向くのに対し、共産主義は資本家から土地を没収するベクトルに向く。

 

王制のように、単なる独裁は必ずしも全体主義と結びつかない。そしてファシズムが初めから対外的な拡張を抱えているのは、ファシズムとは国民が独裁者により富を望み、かつその富が得られる先が自国に存在しない、あるいは特定の人々に集中しているからである。ファシズムというのは常に敵の存在を求める体制なのである。

 

しかし、アメリカ国民の大半が無自覚的に本当に期待している大金持ちの資本階級への攻撃は起こらないだろう。それは共産主義であり、アメリカ人が心底嫌う概念で、そこに彼らは気づいていない。あるいは、日本のように社会主義的に、富裕層に重い税金をかけ富の再分配を強化すれば、アメリカは自らの優位性を失うことになるという様々な自己矛盾を抱えることになる。

 

そして、移民を排斥しようとする流れというのは、ヒトラーユダヤ人排斥に似ているところがある。国内産業を保護し、諸外国に圧力をかけているところも、ファシズムの原理に乗っ取ったものと言えよう。

 

ここで絶対に思ってはならないことは、トランプを生んだアメリカ人が愚かであるとか、今後トランプだけを悪者に祭り上げて終わらせてしまうことだ。

 

ナポレオンにしろ、ヒトラーにしろ、基本的に歴史上、同じ流れ、同じような土壌からファシズムは誕生している。これはある意味、人間社会の法則といっても過言ではないため、当然同じような条件が揃えば日本でも起こり得る。(既に海外から見れば、安倍総理というのはまさにそういう対象だが、日本人だけが気づいていないという説もありそうだが)

 

さて、トランプは国内的には「移民」という攻撃先を見つけたが、対外的にはどうだろうか。もちろん、メキシコ、日本や韓国といった傘下の国から資本を吸い上げようとするだろう。肝心の敵がいなければ、ファシズムは成り立たない。

 

従ってその原理から、アメリカが今後、北朝鮮を攻撃する可能性は極めて高いのではないだろうか。

 

テロは確かに脅威ではあるがファシズムの「敵」とするには弱すぎる(その意味では北朝鮮もアメリカからすれば、充分弱過ぎる敵だが)

 

とはいえ、戦争による特需は生まれ、政治的にも極めて今のトランプにとって都合のいいことが多い。

 

そしてアメリカが北朝鮮を攻撃する、あるいはしなければならない理由がもう二つ存在する。

 

一つは核の非拡散である。現在の北朝鮮政権は本気で核開発をしており、それを盾に国際社会を脅している。ここで核開発に成功した場合、闇市場を通して中東諸国に核が流出しないという保証が全くない。

 

もう一つは、先日起きたマレーシアでの公然の暗殺事件である。ロシアやイスラエルも暗殺はよく行うが、それはあくまで裏の話であって、公然とした暗殺、言うなればあれは処刑だが、それを行なっていい国はアメリカ一国だけなのだ。(ビンラディンにしたように)

 

これら二つの理由は、どちらもアメリカの覇権国としての「権益」を侵している。そして覇権国としての権益を侵されたあとで、アメリカが行動しなかった例が存在しない(キューバ危機は核が取り除かれたから戦争にならなかった。あるいはカストロがアメリカの権益そのものに挑んでいたら、キューバも併合されていたかもしれない)

 

裏を返せば、これまで北朝鮮は、核開発をする振りをしてまんまと、お金をゆすり取っていたのであり、非合法な拉致や暗殺を実行していたとしても、それはアメリカの権益に触れるような公然としたものではなかった。だが、今回、そのどちらも一線を超えてしまった。

 

また、ファシズムの本質から考えると、仮に北朝鮮をアメリカが打倒したところで、止まるものとも思えない。ナポレオン、ヒトラー共にヨーロッパ中を巻き込んで戦線を拡大し、最後はシベリアまで到達したが、今のところトランプにとってのシベリアがどこに当たるかは想像がつかない。

 

そもそも当時のフランスもドイツも覇権国ではなく、これほどの超大国、覇権国が全力でファシズムを他国に振りかざす可能性があるのは、歴史上初めてかもしれない。

 

ITが普及した現代的な社会においては、その戦場が複雑に入り組んだ経済、法律、あるいはサイバー空間上のものとなるのかもしれない。

 

旧世界の最後の王から新世界の最初の王へ (オバマからトランプへの意味)

オバマからトランプへの変化には、単なる政権交代に限らず、内在的な意味がある。それはBrexitを始めとする、現在の全世界的の人々が抱える内在的な思考にも関連してくる。

 

まず、オバマといえば、どんな人物だろうか?黒人初の大統領。ハーバードロースクールレビューの編集長をしていた弁護士で、エリート中のエリート。失言などなく、聡明で品があり妻や子を大事にする良き家庭人でもある。

 

次にトランプ。白人家庭の不動産会社社長の息子として生まれ、若い頃からビジネスに関わり、一度数百億の借金も背負うがそこからまた巻き返し、財を築く。女性関係も派手で、その発言は過激で攻撃的、失言など意にも返さない。

 

私はこの極めて対照的な人物間における政権交替に、「理性主義」の限界を垣間見た。

 

オバマは一言で言えば、「今の社会における理想像、想定される最強のエリート」である。人々がリーダーとは「こうあって欲しい」という多くの才能を兼ね備えたスーパーマンである。

 

しかし、そんな「スーパーマン」も「ただの人」であったことが任期中にバレてしまった。「チェンジ」とは名ばかりで大きな変革はなく、国民の失望を買い、共和党に議会もそしてホワイトハウスも明け渡す結果となった。

 

これは正確に言えばオバマ自身が有能か無能かと言う話よりも、アメリカという国が、ある程度社会的枠組みが決まっていて、その中でできることは、例え大統領であっても限られているので、オバマ自身が無能だと思われてしまうことに、やや個人的には同情的でもある。それは過剰な期待であるからだ。

 

だが、逆に言えば、オバマという人間は「今の世における」最高のエリートであり、今のルール下の中でその枠組みを取っ払うことができない堅物だということも言えなくもない。「品格」や「国際的なルール」に縛られ、思い切ったことができない人物ということもできる。

 

オバマが安倍やプーチンと合わないというのは、この両者は、理性主義というものは存在しても、人間はそう誰もが理性的な生き物ではない、と捉えるタイプであって、上品な理論を建前にアメリカ主導の国際社会のルールを押し付けるオバマとウマが合わないのは当たり前である。二人からすればオバマの言は都合のいい綺麗事に聞こえるのだろうと推察する。

 

そして、しばしばルールを無視してでも国益を取るプーチンにクリミア問題やシリア問題でアメリカが遅れをとったというのも、オバマのようなルールを守る「理性主義」そのものが、そもそも通用しない時代に突入しているということを示唆している。(もちろんアメリカもオバマも裏でルールを破ることはあるだろう。ここで言うのはあくまで建前論の話でもある。)

 

そんな時に現れたのがあの破天荒なトランプである、ということが全く偶然であるはずがない。アメリカに工場を作れと企業に脅しをかけ、国境を超えてきた不法移民は強制送還させるなど、全くルールも何もあったものではない、規格外の人物だ。

 

ここで注目すべきなのは、アメリカ人のマインドそのものは全くオバマの時もトランプの時も変わっていないということである。アメリカ人が求めているのは一貫して「変革」である。主に極端に貧富の差が広がった不公正な世の中をどうにかしたいと、多くのアメリカ人が願っている。

 

だから、今のルールにおける最強の人物、オバマが「チェンジ」できない社会なら、もはやルールを破ってまで結果を出すトランプを選ぶしかない。様々な表層的な理由が異なれど、内在的に今回の選挙で起きたことはこういうことではないかと私は考える。

 

そして同様のことが全世界で起きている。クリミア、シリア問題はもちろんのこと、ヨーロッパにおいて特に深刻なのは難民問題である。

 

難民を受け入れる、という「理性主義」的な品のある綺麗事を言った挙句、大量の難民が押し寄せ、難民の中にテロリストが紛れ、難民の中に犯罪を犯すものが増え、ヨーロッパ全体が混沌とした状況に陥っている。

 

人々も、これまでは他人が、難民が可哀想という「余裕」を持てるだけの状態であったが、もはや他人を構っていることなどできない、自身の職が脅かされ、安全が脅かされているのに、国際社会とか人類愛とかで難民をこれ以上受け入れられない。乱暴な言い方をするとそうしたマインドが人々の間で蓄積しているからこそ、ヨーロッパでは極右政党が、今非常に人気がある。

 

言い換えれば、これらの動きは「他人のことなど構っていられないなりふり構わぬ時代に突入した」ことへの現れであり、Brexitもトランプもそれが表面化した出来事に過ぎないのだ。

 

秩序から混沌へ、既存のルールが壊れ、新しいルールを模索する時代。各国が帝国主義的ななりふり構わぬ動きに出れば、当然戦争のリスクも高まる。オバマとは旧世界の最後の王であり、トランプは新世界の最初の王となったわけだ。

 

私が思うにこれからの時代の混沌は、逆に日本人のような助け合いの精神がある文化が、いずれ世界の中核となるように収束していくのではないかと思う。だが、実際に日本がそうなるためには、日本人が最も固執している、「理性主義的な既存のルール」やシステムから、如何に早く脱却できるかにかかっていると思う。

 

また、日本では橋下徹がトランプのようなものだと、誰かが言っていた。ある意味、日本でも似たような現象が起きていたということだ。だが、日本は所得格差や社会問題などでは、アメリカやヨーロッパほどの深刻な混沌に陥っておらず、橋下もまた「全体の変革」ではなく、大阪という一地域の変革、それも変革というには程遠い、ある種の「合理化」を促進しただけの人物であり、今の時点では、日本人は皮膚感でアメリカで起きていることは掴めないと思われる。だが、いずれ今後日本も周回遅れでアメリカやヨーロッパのような事態が生じることは充分に有り得る。

 

それは人類の歴史において、国家が必然的に通らないといけない過程なのか、未然に防ぐことができるものなのか、それはまだわからない。ただ一つ、最初に我々が認識すべきことは理性主義の一旦の終焉により、新しい混沌とした時代が表面化してきた、ということである。

アニメFate 解説(zero, stay night, unlimited blade works)

この三作品に一貫しているテーマ、「善と悪」について

 

 

※下記ネタバレを含みます。

 

 

 

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「zero」の主人公衛宮切嗣

「正義の味方」の名の下に、誰かを活かすために他の誰かを殺し続ける。

 

そんな彼のパートナーである「セイバー」ことアーサー王は、「正しい王」で有り続けようとした結果、反乱を招き、一番大切にしていた部下や家族に裏切れられ、戦争で多くの死者を出してしまう。

 

二人に共通しているのが、「正しくあろう」とした結果、悲劇を招いてしまうこと、「善い」「正しい」と思ってしたことが自らを不幸にしてしまったこと

 

そんな二人の生き方にそれぞれ疑問を投げかけるのが言峰 綺礼とアーチャーことギルガメッシュである。

 

言峰 綺礼は他人の不幸が自身の快楽である人格破綻者であり、ギルガメッシュは自分の欲望を最大化させるために他者が存在すると考えるような王であり、二人とも「悪」と言ってよい存在であり、セイバーたちとは思想的対極にある。

 

だが、そんな二人の「悪人」の生き方を擁護するように物語は流れる。

 

最もそれが象徴的なシーンがイスカンダルとの「王問答」である。

 

イスカンダルは語る。

王とは最も強欲であるべきで、それによって民から憧れるような存在でなければならない。

そして、セイバーは王足るものを何も示せなかったただの可哀想な少女と言われるが、逆に返答に詰まる。

 

そして、衛宮切嗣とセイバーとの間でも「善悪」の議論が起こる。セイバーは戦争を、騎士道などと言う戯れ言で美化する偽善者だと衛宮切嗣に批判される。

 

そして聖杯戦争に最終的に勝利するのも、この欲望最大化タッグ、言峰 綺礼とギルガメッシュである。

 

衛宮切嗣は自分が愛していた妻、仲間、そして守ろうとしていた者全てを失い、生き残った一人の少年にだけ自身の希望を見出す。そしてセイバーは失意の中消えて行く中で「zero」の物語は終わる。

 

そして衛宮切嗣が助けた一人の少年、士郎へと物語は続く。

 

「stay nightまたはunlimited blade works」はそんな士郎の物語である。

 

切嗣の遺志を継いだ士郎もまた、「正義の味方」を目指すが、「unlimited blade works」で描かれたのは、そんな士郎が死後、英霊となして本当に「正義の味方」となり、無限に人を殺し続ける世界で、次第にそれを悔やみ、過去の自分を殺しに来るという設定で、やはり一貫して「善」と「悪」がその物語の根幹に据える。

 

結果的に両作品ともかなりハッピーエンドに近い内容にはなっていて、結局のところ最後は悪者二人(言峰 綺礼とギルガメッシュ)は士郎とセイバーによって倒される。

 

未来の士郎も無限に人を殺し続ける世界に笑顔で戻っていく。

 

ここで「人を殺す」という概念にまず触れなくてはいけない。「王であること」は「人を殺すこと」である。権力を手にするということは、誰かを活かし、誰かを殺すことの必要に迫られる。もっと言えば警察、軍隊など社会機構の中に「殺人」というものはある程度合法的に組み込まれている。

 

つまり、社会が人を抹殺するが、その社会の中で人を殺す役割を誰かが担っているから、他の人は直接その業を背負わなくても良いだけであって、士郎は誰かがやらねばならないことなら、自分がやろう、という進んで汚れ仕事をやり続けることに納得をしているのである。

 

そして、最も重要なのは「正義の味方」とは理念であって行為ではないということだ。ここで、最も分かり易い例として、自分と自分の親友が海で遭難し、掴まれる木の枝は一本しかない。どちらかしか助からないという状況にあったとしよう。

 

この場合、現代的な常識の範囲で考えた時に、自己を助けることが通常の判断であって、他人を助け自分が生き残るという方を選択するのは、自己破壊的か偽善と思われるだろう。

 

法的にもこの場合、自己を優先することが認められている。だが、自己を優先した場合、他者を犠牲にした「生」でありその行為は「悪」と呼ぶこともできる。だが、自分を犠牲にする行為も誰かを犠牲にしているという点において「悪」ともなり得る。

 

ではこの自己か他人かどちらかという究極的な選択において、どうすることが「善」であり、「正しい」のであろうか。

 

結論は「他人を犠牲にして自分が助かること」も「自分を犠牲にして誰かを助けること」も、等しく「正しく」また「悪」ともなり得る。

 

自己を助けることも、他人を助けることもどちらも解になり得る、それだけがある意味、唯一の正しさとなる。善悪とは理念であって、行為そのものはどちらにも転ぶということである。

 

そのためには、前提としての「正義の味方」つまり、人類愛、全ての人間が幸福であり、それが正しいとする社会を理念として持つ必要がある。それにより、その道中の行為が例え「悪」があったとしても、最後は「正しい」答えを導く可能性を見出すことができる。

 

父親である衛宮切嗣は、この理念を間違えていた。つまり、最初から誰かを犠牲にしないといけないというのが、「正義」であり「正義の味方」というものだ、ということから始まり、結果的に彼の行為は「悪」であり、彼の願いもまた「悪」であると、聖杯に断じられてしまった。

 

そして息子である士郎は、自分だけを犠牲にして成り立つ「正義の味方」を最初は気取るが、ヒロインであるセイバーや遠坂凛により、幸福になるべき人間や対象に自分も含まれることを次第に悟っていく。

 

だから、善意があったとしても、その行為は悪となることもあり、ではそのような中で人はどう、善悪を判断し行動すればいいのか、あるいは悪として生きることがそれほど間違ったことなのか、むしろ善だと思っている人間の行為の中にも多くの悪が潜んでいる、それを投げかけている作品である。

 

そして、もう一つ、この作品にクロスオーバーするのが「銀魂」と「24」である。

 

この2つの作品に共通するのが、どちらも「誰か」をあるいは「何か」を守ろうとする主人公たちが戦いに明け暮れ、特に24のジャック・バウアーは大切なものを次々と失う。

 

結局、これも誰かを「守る」行為は究極的には誰かを「殺す」行為として戦いに身を費やし、時には破滅していく物語であり、「守る」ということの意味を問いたださなければならないのだろうと思う。

ブロックチェーン その本質と社会的なインパクトについて

ブロックチェーンに関しては、日本では”Fintech”という言葉の中の特にビットコインとワンセットで用いられている。

 

ビットコインのイメージに関してはMtGoxの事件もあり、儲かりそうだがなんか怪しいという世間の印象であろうから、ブロックチェーンもその巻き込み事故に遭っているかもしれない。

 

まず始めにブロックチェーンは何か?を参考までにレベル分けして簡単に説明したい。

(よりブロックチェーンの仕組みに興味がある人は記末の参考書籍を参考にして欲しい)

 

理解レベル1(最低レベル)

ブロックチェーンとはビットコインの裏付けとなるセキュリティ暗号技術。

もっと噛み砕いて言えば、

「その仮想通貨は本物ですよって保証してくれる信用機関みたいなもの。」

 

理解レベル2(IT界隈レベル)

ブロックチェーンとはスクリプトカレンシー(ビットコインなどの仮想通貨の総称)のセキュリティ技術で、PtoP取引や分散台帳を可能とするもの。この“分散台帳”というのもFintechに含まれるため、ブロックチェーンと言えばフィンテックのイメージが日本ではある。ブロックチェーンにおいて、誰がセキュリティを担保してくれるかと言うと、マイナーという全世界にあるコンピューターのリソースを持つ人および機械。

※分散台帳に関しては他書籍参照。

 

理解レベル3(ITエンジニアレベル)

ブロックチェーンの方式は複数あり、スクリプトカレンシーも複数ある。マイナーは不特定多数の場合も、特定の誰かの場合もその合算も存在する。セキュリティ技術が高いため、実際はコイン以外にも電子送金、個人情報の保護や契約書などにも使うことができる。(分散台帳を含め色々な用途が期待されている)暗号技術自体はPKIという従来の技術を使用している。

 

理解レベル4(ブロックチェーンファウンダーレベル)

ブロックチェーンとビットコインを作ったサトシ・ナカモトの根本思想は”Decentralized”、すなわち、中央管理から分散管理システムへの移行を意図したもの。例えば、これまでは金融機関などが取引に介在することによって、その取引を保証してきた。しかし、こうした特定の誰かの保証が取引に存在すると、その特定の誰かに権力が集中し、社会構造がいびつになるためこの仕組みを改変するために作ったもの。その結果として“分散台帳”というようなものが具体的には出来上がる。

 

理解レベル5(システムアーキテクトレベル)

ブロックチェーンがクリアしている本質的な課題は“信用”である。

 

ご覧の用にブロックチェーンは単なるビットコインの相棒ではなく、実際は非常に深く、練られたアルゴリズムである。ちゃんと説明しようとすれば本が何冊も書けてしまうだろう。従って、今回は最後のレベル4、5のその根本思想と社会的なインパクトにだけ絞って説明したいと思う。

 

まず、ブロックチェーンの根本思想にあるのは、今の世の中を変えることにあるのは明白であるということだ。特にターゲットとしているのが人間の社会構造で歴史上克服出来なかった“権力の偏在”と“信用の保証”についてである。

 

どのような社会システムであっても、誰かに権力が集中し(社会主義でもファシズムでも、共産でも貴族制でも共和制でもそして民主主義でも)人間は機能化すると同一の機械的な意思決定構造を持つため、必ず権力は腐敗する。そのためまず、ブロックチェーンは分散型のモデルを用いて、中央集権、つまり権力を排した社会構造を作れないか、という問題提起をしている。

 

続いて重要なのは信用だ。私は以前ブログで、仮に進化したAIに資本主義の次にくるべきシステムはどうしたら実現できるだろうという問いを投げかけた場合、その解答は“互いを信頼することだ”と述べた。

 

これはあらゆる人間間の問題において相手を欺く動機が存在し、それを防ぐために我々は軍隊、法律、警察、信用保証などに多大な社会コストを払っているが、お互いが信頼できる社会においては、そうしたものが必要となくなるからだと説明した。

 

従って、ブロックチェーンによって信頼が保証されるのであれば、こうした信頼できないから払っている社会コストの大部分は排除することができる。(その意味においてブロックチェーンの思想自体はアナーキスト的なところがある。)

 

つまり、ブロックチェーンの登場の本質とは社会の変革の第一歩なのである。だが、それに気がついている者はほとんどいない。優れているのはまず思想であり、次にアルゴリズムがあり、最後にプロダクトがある。だが、巷ではプロダクトにばかり話題が及び、その本当に優れているのが「哲学」であるとの認識がされていない。

 

その一方で100%の信頼を担保できるか?という疑問が湧くが、それに対して既存のブロックチェーンシステムでは必ずしもイエスとは言えない。例えば量子コンピューターがあれば暗号システムは簡単に破られてしまう。その他にも、計算コスト、ハッキング対策、課題を挙げれば枚挙に暇がない。

 

(逆に言えば、今後ブロックチェーンが普及されば、よりネットワークや情報セキュリティに関連する仕事が増えるだろう。)

 

だが、それでブロックチェーンが無意味となるのかと言えばそうでもない。100%というものがそもそも既存の量子物理学理論的にあり得ないもので、それができないからといっても、既存のシステムよりも精度や信用が向上するなら採用する価値は充分にある。

そして、そもそもこれは社会構造変革のための一石であり、これを見て人々がどう反応するか、それこそが真に制作者が意図したところではないだろうか。

 

ブロックチェーンを使ってお金儲けをすることもできるし、社会を変えることもできる。(逆に使い方次第で今ある社会構造をより堅牢にすることもできる)自分はその設計思想とアルゴリズムだけを提供し、後は全世界の自発的な参加者に委ねる。これからの課題を克服するのは、制作者自身ではなく、全世界にいるその思想を受け継いだ挑戦者に委ねたのではないだろうか。

 

世界の変革は誰かの押しつけや、一人の英雄や救世主などでは決して達成できない。そう作った人間はおそらくわかっているのだろう。

 

<参考文献などまとめ>

ビットコイン研究所ブログなど

(インターネットでキーワード検索して読める解説から抜粋。1~から)

 

●ブロックチェーンレボリューション ダイヤモンド社

(理解レベル1~5 まで網羅された良書、主にビジネスへと用途、社会システムへの応用例と課題などが書かれている。反面、コードの記載や細かいビットコインの技術的な記載はないためビジネス書籍)

 

●ブロックチェーン 仕組みと理論 リックテレコム

(前半はブロッチェーンの説明、後半はコード実装例などがあり、ビジネス書籍よりも理解が深いため、実際にブロックチェーンに携わる人向け。理解レベル2〜3向け)

 

●マスタリングブロックチェーン NTT出版

(同じくコードが掲載されているが、やや思想よりで数学的な解説が中心。レベル2〜4向け)

 

●サトシ・ナカモト論文 

(オンラインで日本版PDF入手可能)

 

※4、5が詳しく書かれた書籍は自分が知る限り存在しない。従って本ブログで扱ってみたのだが、仮に参考書籍を挙げるとすると、貨幣論関係の本の方が良い気がする。

マルクス資本論、あるいはその入門書、●柄谷行人トランスクリティーク、●マックス・ウェーバーの職業としての政治、といった貨幣論や社会構造論の書籍を推薦する。

それらを読んで見て、もう一度ビットコインとブロックチェーンの仕組みを読むと、このアルゴリズムに隠された思想が読み解け易くなるのではないだろうか。

 

その他の参考として主に思想面を受け継いだと思われるイーサリアムプロジェクトと

https://www.ethereum.org

予測モデルというアプローチから意欲的な試みをしているAugurなどを最後に紹介しておく。

http://www.augur-japan.com

 

トランプとTPP

トランプ次期大統領が早々に表明したTPP脱退についてですが、そもそもTPPとは何か?というのを元外交官佐藤優氏の解説を紹介したいと思います。

 

「基本的に自由貿易をやるなら、FTAないしはより広範囲なEPAをやればいい。それをわざわざTPPというものを持ち出すのは、ブロック経済圏の考え方にあり、その本当の意図は中国を封じ込めることにあります。」

 

確かにその意味においては、中国は反TPPであるトランプを支持する理由はありますが、ロシアと共にトランプ支持にまわったのはトランプの唱える「孤立主義」にあります。

 

ここで何故トランプか?という疑問も交えながら解説しますが

 

元々、アメリカには「モンロー主義」という考え方があり、ヨーロッパはヨーロッパ、アメリカはアメリカで。アメリカに害を及ばさない限り、他の国は勝手にやってください、という考え方が伝統的にあります。

 

これは勿論、イギリスから独立した経緯もありますが、アメリカは元々エネルギー資源も豊富で国土も非常に広大で、人口もあります。日本のような外貨を獲得し、石油資源を買わないといけない国とは異なり、自国だけで現代風な言い方をすれば引きこもっても充分、自給自足でいい暮らしができる国なのです。

 

それが世界平和だと言い、中東に兵士を送り膨大な出費と人名が損なわれ、自由貿易だと言い、国内の市場は安い海外製品に占められ、雇用も海外に流出している、これはおかしいではないか。著しくアメリカ人の考える「モンロー主義」に反しています。

 

そのように考えるアメリカ人がトランプ支持にまわっている支持者たちです。今回トランプ支持にまわったアメリカ南部、中西部の共和党支持州は元来こういう考え方をします。日本で言えば、東京と沖縄、京都と北海道などが県民性や考え方が異なるのと同じです。

 

日本人の多くが想像する「アメリカ人」というのは、主にニューヨークやカリフォルニアに住む、移民を含むアメリカに住む「グローバルエリート」が多いのはないかと思います。彼らはインターネットを駆使し、メディアにも露出し、日本人との接点も多いです。そして、軒並み彼らは今回の選挙で言えばクリントン支持です。

 

従って、普通に日本に来るようなアメリカ人やアメリカで観光や仕事で出会うようなアメリカ人と接していると、おそらくトランプ支持者というのは殆ど会うことはないと思うので、それ以外のアメリカ人の考えていることはわからず、トランプを選ぶなんて狂気の沙汰だ、という風に考えがちなのです。

 

さて話しをTPPに戻しますが、トランプがTPPを止めると言ったことはこれからどういう影響があるでしょうか。まず本当に中国にとってプラスになるのかから日本への影響も考えてみたいと思います。

 

まず、トランプはこれから自国産業と雇用を守る、いわゆる保護貿易政策に出る可能性があります。既にそれに関連し、アメリカ企業の株価は上昇していますが、そうすると国内から安い製品を閉め出す、特に中国製品に対して高い関税をかけてくる可能性があります。

 

中国経済というのはかつての日本がそうだったように、アメリカの市場に相当依存しています。従って、中国商品がアメリカ市場から閉め出しをくらえば、来年2017年は、かなりの程度で中国経済が不況に陥ることになります。

 

これを乗り切るために、中国は市場の拡大を東南アジアに求めることになります。主に標的となるのは人口も多く、それなりに経済も成長しているタイ、ベトナムインドネシア、そしてこれから伸びるであろうと言われるミャンマーなどです。これらの地域で日本と中国は利権が対立することになります。

 

こうしたアジア圏における中国の勢力拡大は、トランプの孤立主義と合致していますが、そのトリガーとなるのがトランプの保護貿易主義です。つまり、中国にとってトランプが望ましい、というメディアの言葉はやや複雑な意味をはらんでおり

 

中国政府にとってクリントンよりもトランプの方が、中国の拡大主義にとっては都合がよく、習近平政権にとっては交渉し易い相手ではあっても、中国経済を冷え込ませ、中国の内政問題がより現出化し易いのはトランプであるため(ただ結果的にTPPが締結されれば似たようなことにはなる)比較した場合、トランプの方がマシというような支持で、ロシアのような積極的なクリントン拒否とは温度差がやや異なるのではないかと推測されます。その意味では中国とロシアはワンセットでトランプ支持という報道も、少しうがった見方も必要かもしれません。

 

そしてこうした中国の動きは当然、近隣諸国の警戒を産み、特に日本とロシアはプーチンが大統領にいる間はかなり接近すると考えられます。12月に北方四島交渉(おそらく二島返還)がなされれば、日本とロシアの距離はかつてなく縮まるでしょう。

 

一方で、中国が現在の国内における貧富の差や、内陸部の特にウイグル自治区の対応を誤るようなことになれば、大きな混乱を招き、それは世界情勢に大きな影響を与え、東南アジアにおけるパワーバランスが大きく変わる可能性があります。それは日本にとってはチャンスでもあり脅威でもありえます。

 

つまり、図らずとも、アメリカの孤立主義は中国の存在感というものを高め、来年以降、中国から全世界が、目が離せないことになると思います。

 

他の地域においてもトランプの孤立主義は影響を及ぼすことになるでしょう。

 

ただし、トランプが大統領になったからと言って、アメリカが中東から手を引く、あるいは世界の基地から撤退するというのは非常に考え難いです。それらは致命的なアメリカの権益に関わる問題だからです。(ただし致命的とは成り得ないイラクアフガニスタン地域からの撤退は条件次第で充分考えられます)中東に関してはイランが核武装化するという話しもあり、また別途考察したいと思います。