IT人の政治リテラシー向上を目指して

元政治家秘書、現IT起業家が主にIT起業家、エンジニア、デザイナーなどIT業界人の政治リテラシー向上を目指して、日々のニュースや政治トピックについて言及。たまに起業ネタや映画、アニメネタなども。ちょっぴり認識力が上がるブログ。

地方から世界で戦えるベンチャー企業を

□地方発のベンチャー企業

おそらく、今後、日本のイノベーションは地方から産まれるであろうと予想している。

そして地方で生まれたユニコーン的な企業はそのまま地方を中心にプチコングロマリット化して行くだろうと考えられる。

 

これは今の日本のスタートアップの原理原則からすると、相反していると思われる。

東京、大阪以外では人もいない、資金もない、営業先の企業もないからである。

 

にもかかわらず、地方の方が、可能性があり得ると思うのは、いくつか根拠がある。

だがまずは、実際の具体的な成功例から説明した方がわかりやすいと思われる。

 

既に地方発のコングロマリット化しつつあるのは、山形鶴岡市にある「スパイバー」だ。

NASAでも実現できなかった人工蜘蛛の糸の製造・量産化に成功し、既に数百億の資金を集め、製品をパリコレに出典し、その社員の数割は世界中から集まっていると言う、知る人ぞ知るバイオベンチャー企業である。

 

そしてスパイバーからスピンアウトした会社が街づくりをやっており、ブリツカー賞受賞の建築家坂茂とタイアップしてホテルを作ったり、農業学校を作ったりと、まさにコングロマリット張りの多角化した事業を行なっている。

 

□なぜ地方からベンチャーが生まれるのか

さて、なぜスパイバーがここまで成長できたか、ということを取り上げるとそれだけで一冊の本が書けそうだが、地方だからそれができた、ところだけを今回は取り上げる。

 

日本の地方といえば、閉塞的で非協力的で新しいものはとりあえず却下されるイメージだろうが、鶴岡市は慶応の研究所を支援する、という決断をくだした。これがまず重要であったと思われる。

 

確かに東京や大阪の方が人口は多いが、何か新しいことをやるには実は街が大きすぎるという問題もある。

 

都市というものは、ニューヨークのようにクリエイターやアーティストが一箇所に集まって、新しい作品を生み出す、といったコンテンツ的なイノベーションには向いている(あるいはITビジネスも)が、まず大規模な施設や法の規制の変更が必要なビジネスのイノベーションにはまるで向いていない。

 

その点、地方はビジョナリーな市長とビジョナリーな起業家だけがいれば、とりあえずやれることの幅が広がる、というのは大きな利点である。

 

日本の場合は、一般に考えられている以上に地方の裁量が大きいため、挑戦的な市長や議会、住人がいれば大きく街は変わる(やや違う例だが鯖江市などもそうであろう)

 

もちろん、そこから地元住民への溶け込みなどはスパイバーも相当苦労はしていると思われるが、まず、この地方の少数プレイヤーでスピード感のある実験ができるのが大きなポイントだと思われる。

 

次に生活コストである。アメリカのシリコンバレーからのテキサスではないが、ベンチャーといえばやはり資金に乏しいので、生活コストが安いことは重要である。

その点、鶴岡市は、暖房費はともかく、家賃や食費などの生活費は東京の2分の1、あるいは3分の1以下だろう。日本の地方は鶴岡に限らず、生活費が安いことがベンチャー向きと言える。

 

□真のベンチャーとはdisruptを生み出すもの

しかし、最も本質的な理由は文化的な要素が大きいのではないかと思われる。

東京や大阪は良くも悪くも、雑音が多く、文化的にどうしても影響を受ける環境にある。

 

例えば東京でベンチャーといえばITで、なんとなく20代30代で億を稼いで六本木ヒルズに住んで西麻布で遊んでいるという、もはや一つのテンプレートが存在している。

 

そして実際のところ、これは単なるお金儲けのサクセスストーリーであって、シリコンバレー的な本場のベンチャーとはまるで違うと言わざるを得ない。

 

真のベンチャー、スタートアップの定義とはなんらかの「disrupt」を伴うサービスを産み出すことである。disrupt、つまり陳腐化とは具体的にいえば、AppleiPhoneは固定電話を陳腐化させた。Netflixであれば既存の映画やメディアの陳腐化であり、Amazonであれば小売物流といった世界である。

 

GAFAとそれに並ぶようなベンチャーは常に何らかの既存の技術や製品を陳腐化させている。

イーロン・マスクはペイパルでは金融システムを、テスラでは電気と自動車をdisruptさせにかかっている。

 

その点、ソフトバンク楽天GMOサイバーエージェントライブドアといった一世を風靡したITベンチャー世代も、実は本質的にはdisruptは起こしていない。

 

アメリカで成功したものを日本に持っているか、真似て成功しているか、既存のものをグロースハックするレベルにすぎない。

 

ましてや最近のスタートアップと呼ばれるようなベンチャーはほとんどがニッチか、日本語という言語の壁で守られているだけのガラパゴスサービスであるのがほとんどである。

 

むしろ、ソニーウォークマンや、ホンダのスーパーカブといった時代の方が、日本でも真のdisrupt型のベンチャーが生まれていたといえる。

 

そして、スパイバーが日本の中で唯一のベンチャーらしいベンチャーだと思われるのも、スパイバーがdisruptを起こす可能性があるからだ。

 

□disruptの本質はカウンター・カルチャーにある

そして、disruptがなぜ起きるかといえば、その本質がカウンター・カルチャーの文化にあるからだと考えている。

 

アメリカでもニューヨークからはベンチャーらしいベンチャーが生まれないのも、そのためである。

 

つまり、ちょっと起業してお金儲けして遊ぶ、という発想自体、東京というカルチャーの中に隷属して、その中でのポジション取りに過ぎない。

 

そんなことのために昼も夜も仕事ができるような連中は、東京というカルチャーの中でのポジション上げはできても、全く違う文化を生み出すことはできないだろう。

そもそもの出発点も目的も、何もかもが違うからだ。

 

単なる起業というものを一括りに見るとわからなくなるが、同じベンチャーでもカウンター・カルチャー的なものか、既存の中でもポジション上げかは大きな違いがある。

 

日本で東京のITベンチャー人と話していても、大手町や丸の内で働いている大企業の賃金労働者と、お金の追求というカルチャーが共通根底にあるためか、ジーンズを履いただけで大して中身は変わらない印象を受ける。

 

本当のベンチャー人らしいベンチャー人は、完全に東京のカルチャーに我慢がならないと思われる。そしてそのようなカウンター・カルチャーを持つような人間からでないとdisruptは生まれない。

 

それこそスティーブ・ジョブズのガレージではないが、雑音のない山に引き籠もって、黙々と誰もが理解できないようなものを作り上げるような、そういう世界観である。

 

なので、地方だからベンチャーが生まれるとは限らないのもそのためで、地方には地方のカルチャーもあり、そこに染まっていればそれはdisruptを産まない。

 

disruptを起こせる起業家が、自由に活動できる場所こそが真のベンチャーを産むのである。

 

最後に、地方からコングロマリットが生まれる理由だが、地方が貧しくなるにつれ、その地方の特性を活かして収益化する、ということがそもそも急務になるためだが、そもそも日本の場合は地銀も含めて地方であらゆることを賄えるサービスが揃っている、というのもある。

 

これがアメリカとかになると、巨大資本に潰される問題や、まともに仕事をやれる人がいない問題など色々あるが、日本の場合はある程度均一な労働力があるのも不幸中の幸いである。

 

また、ガラパゴスなことも不幸中の幸いで、東南アジアですらデジタル化したのに、中途半端なアナログのままであるせいか、実際はハードもソフトも、システムの更新に一仕事必要なこともそのままビジネスチャンスとなる。またまだその資金もかろうじてある。

 

それは東南アジアがパソコンを飛び越してスマホに行ったようなもので、日本の地方も遅れすぎているがゆえに、FAXからいきなり劇的な進化を遂げ、気がついたら世界最先端の未来都市を作ってしまうこともあるかもしれない。

 

とはいえ、一番はやはりカウンター・カルチャーの創世だろう。

ジョブズAppleイーロン・マスクのペイパルがシリコンバレーというニューヨークに対するカウンター・カルチャーをある種生み出したように、一人、一つの企業体からでた文化が新しい文化圏を作り上げる、それが地方から起こる予感がするのである。