IT人の政治リテラシー向上を目指して

元政治家秘書、現IT起業家が主にIT起業家、エンジニア、デザイナーなどIT業界人の政治リテラシー向上を目指して、日々のニュースや政治トピックについて言及。たまに起業ネタや映画、アニメネタなども。

切り取られた才能

前回

映画『THRIVE』と陰謀論。日本人が陥りがちな過ちについて - IT人の政治リテラシー向上を目指して

の「お前が正しいことを言え」はプレゼンテーションに関しても同じことが言えます。

 

我々はもう退屈な話を聞いていられるほど、気が長くなくなっています。

質の高いコンテンツ、プレゼンが溢れ返っているからです。

「面白い、短い、わかりやすいプレゼン以外聞く耳はもたない」です。

 

そうした表現力が磨かれていくことは素晴らしいことですが、一方で受け手の認識力の方はますます低下して行きます。

 

実はわかりやすく面白いプレゼンは、伝え手が伝いたいところだけを明確に伝えているだけなのです。ですからそれ以上に何かを受け手が得ることは難しいです。なぜなら、「伝え手が伝えたい情報」以外を完全にカットしているので、それ以外の情報を受け取ることが極めて困難なのです。

 

例えばサイモン・シネックの「ゴールデン・サークル」やガー・レイノルズの「プレゼンテーション・zen」は非常に完成度の高いプレゼンですが、そのプレゼンの内容以外のことは頭に入ってきません。彼らの非凡さは伝わりますが、その背景やどこが非凡なのかは、おそらく実際に話してみないとわからないでしょう。

 

さて、パワポやキーノートを駆使したプレゼンらしいプレゼンだけでなく、「私が何者であるか」という自己紹介のような広義のプレゼンに関しても、同じことを考えてみましょう。

 

我々が自己紹介をするときに、「名刺」というツールが一般的だとは思います。ここには「会社名」、「肩書き」、「名前」が書かれます。

 

ですが、それがわかったからと言っても、その人が何ができるのか、信頼できるのか、という情報はわかりません。ですからそこに、デザイナーやエンジニアといった、役割、スキルを書く人もいます。

 

ですが、その人が「デザイナー」であることはわかっても、何が得意なデザイナーかまではわかりません。そこからはどういうものが得意か、というものを改めて説明します。

 

それは、商材を売るときに説明することと一致しています。自分の中のスキルで最も売れるものを切り取り、説明します。このとき、人は人から単なる商材へと変化します。

 

そして、受け手に認識力が乏しければ目の前の人間は、その人がプレゼンする、切り取られた才能だけを見て商品として扱います。

 

しかし、それは大きな木の葉の一部を見て木の価値を決めているようなものです。

 

その人が信頼できるかどうかは見るかもしれません。ですが、その人が自身で語ること以上に何ができるのか、どのような才能があるかをあまりみようとは

しません。

 

我々がこのような時にしているコミュニケーションとはお互いの指先を見つめ合いながら、この指先にできることは何か、と論じ合っているようなものなのです。

 

人が人を知り合う時に、相手をよく見る人間は本当に多くのことを見ます。その人の人格のみならず、才能、役割、そしてそれを時系列に見ることもできます。

 

そこには認識力の差があります。指先だけを見るのか、人という全体をみるのか。

 

同時に「見方」というものもあります。花を見てその美しさを見るか、儚さを思うか、蜜が売れるのかと考えることには大きな違いがあります。

 

そうした広さ、深さ、見方、同じ人を見る時にも認識力の違いで大きな差が出ます。

 

詐欺師を見れば詐欺師とわかる人とわからない人がいるのもこうした認識力に関連づけられるでしょう。もちろん経験からの判断能力の向上もあるでしょうが。

 

我々が気をつけなければいけないのは、「目の前にある人の素晴らしさを見損なうこと」です。特に謙虚な人間は自らの素晴らしさについて、自ら言及したりはしません。

 

その人の素晴らしさ、才能をその人が気づいている以上に見出すこと。経営者であれば特にこうした能力は必要になってくるでしょう。

 

自己のスキルを適切に評価し、表現できる人であっても、本人では気がつかない才能を隠し持っていたりします。それに気がつくか否かは我々次第なのです。

 

人は遠くに財宝を求めて冒険に行きがちです。しかし、目の前にもっと価値のある財宝が、実は存在することにはなかなか気がつかないのです。