IT人の政治リテラシー向上を目指して

元政治家秘書、現IT起業家が主にIT起業家、エンジニア、デザイナーなどIT業界人の政治リテラシー向上を目指して、日々のニュースや政治トピックについて言及。たまに起業ネタや映画ネタなども。5分で読める1,000文字、10分2,000字を目標。

ピケティ、格差について

ピケティの主張は自明の理のように感じる。もし仮に、r>gではなくg<rであったとしたら、一体誰が起業家になるというのだろう。

 

また、ピケティがアメリカで受けたのは、アメリカは所得の再分配の少ない、自由主義的な政策を取っているからである。

 

日本のような、言ってしまえば社会主義国で所得格差の拡大を抑えている国は、小泉純一郎竹中平蔵政権時に新自由主義的な貧富の差の拡大を是とする政策に舵を切るまでは、累進課税や富の分配など、既にピケティの提案はやっているよね、というそれほど目新しいものでもなかったはずだ。

 

むしろ、アメリカで話題になり、資産課税というアイデアそのものが日本の財務省がやりたくて仕方ない提案であることも相まって、不可思議な盛り上がり方を日本ではしたように思う。

 

加えて、人間というのは不思議なもので、ある程度自明なものであっても、「データ」というパッケージに包まれると、改めて妙に説得してしまう。

ピケティが示したのはある種のヒストリカルデータ、あるいはビッグデータの類であり、その意味においては現代的な証拠ではあったが、主張していることに特に目新しことはないと言っても過言ではない。

 

更に問題があるのは、仮にピケティの主張を実行しようとすると、それは強制を伴うため、昔のソ連ナチスドイツのようなファシズム的な全体主義大きな政府下においてでしか実現しないという点である。

 

既存の格差社会が良いとは決して思わないが、「特定の誰かが」分配を決める社会は、スターリン下のソ連のような全体主義の社会にしかならないと知れば、進んでそちらに向かうのには抵抗を示して当然であろう。

 

そもそも、人間社会において、「格差」とはある意味社会を成長させる重要な素材となっている。

 

例えば、隣のレストランよりも自分のレストランの方が美味しい食事を提供するから、より高い付加価値を提供し、より高い利益を上げ、よりよい暮らしができるから、人は成長や付加価値を提供しようとする。

 

つまり、大学の偏差値と同じように、価値とは常に「相対」で決まるため、常にそこには「勝者と敗者」が存在し、「格差」が生まれることになる。

 

努力をすれば、頑張れば、より質の高い付加価値を生み出そうとすれば、それが格差に繋がってしまう。

 

これを巨大な政府の強制的な分配、つまり「ハード・パワー」によって是正することは、付加価値を産むものもそうでないものも強制的に同じ利益しか得られないようにするようなものであり、極めて矛盾したものになってしまう。

 

では人類社会は救いようがないか、と言われればそうではない。それはより文化的な「ソフト・パワー」による政策である。

 

確かに格差は産まれる。とは言え、競争に負けた人間がいつでもやり直せる社会を築くことは不可能ではない。それは社会がもたらすセーフティネットと一人一人の文化、価値観の変容があれば容易である。

 

同様に、格差の中でも憲法に定める「文化的、健康的な最低限の生活」をどのラインに敷くか、というのは議論の余地がある。だからこそユニバーサル・ベーシックインカムという政策には議論の余地があり、北欧のように、生涯の生活に関して一定の保証をする社会のあり方にも議論の余地がある。

 

それは既存の社会のフレームワークでも、充分に可能な政策メニューであり、実行に必要なのは主にリーダーシップや国民の意思、文化であったりする。

 

つまり、ピケティが示した結論を見て我々が考えないといけないのは、資本家への攻撃でも羨望でも、国家により強権的な解決でもなく、改めて消費に頼らない、持続可能な社会を文化的なアプローチで解決していくこと、寛容な社会を築き上げること、などではないだろうか