IT人の政治リテラシー向上を目指して

元政治家秘書、現IT起業家が主にIT起業家、エンジニア、デザイナーなどIT業界人の政治リテラシー向上を目指して、日々のニュースや政治トピックについて言及。たまに起業ネタや映画ネタなども。5分で読める1,000文字、10分2,000字を目標。

説得力の嘘

前回から続く話しにもなるが、某元大手コンサルの方が書いたブログを読んでいてふと感じたことがある

 

内容は要するに、自分はお金も美女も手に入れ、これが幸せではないと思ったので田舎に引っ越したなどなど

 

同様に、ひろゆき氏が以前インタビューで自分はお金があっても幸せになれないのは、お金持ちにならなくてもわかっていたが、自分が金持ちで当時はなかったので、言っても説得力がないと思わなかったので言わなかった。今なら金持ちだから言える、と

 

両者の話しに共通するのが、成功者や金持ちにならないと、それらに関する事柄について語ったとしても、説得力がない、というところにあると思う

 

おおよそのところは自分も共感しているのだが、よく見ると、実はこれはどちらもそんなに説得力のある話しではない、ということを指摘だけしたい

 

まず、前者はお金や欲望で幸せが買えないことを実証してここには幸せがないことがわかった、かのようなことを言っているが

 

実際一介のビジネスマンが仮に某大手外資コンサルとは言え、20代ならもらえて1000〜2000万の給料なので、幸せになれなかったのは、単に稼ぐ金額が足りなかったという可能性もある。(女性に関しても同様の議論ができる)

 

すなわち、定量的に幾ら稼いだら幸福ですという値がない限り、その値設定は主観値なので、結局のところ、400万でも1000万でも1億でもいいということになる。(女性に関しても同様である。芸能人やモデルと付き合うのか、100人の美女がいいのか、1人でもいいのかなど)

 

要するにこのコンサルの方は自己基準を満たして満足した、と言っているに過ぎず、そこに世間は何となく、特に日本はぼんやりと共通のスタンダードがマスコミによって形成されてしまっているから、何となく聞いている側もその通りだ〜と感じてしまっているに過ぎなくて、実際は反証可能性だらけなのだ

 

では後者はどうだろう。

 

これも同じで、金持ちにならないと説得力はない、という以前に幸せが何かのコンセンサスが今の所、人類にはない。

 

更に前者と同様、ひろゆき氏も稼ぐ金額が足りなかったかもしれないし、もっと言えば100億円あっても、幸福のための使い方を知らない、あるいは間違えたのかもしれない。(使い方の問題であったかもしれない)

 

繰り返しになるが、基本的に自分はこの二人の主張をディスるつもりはなくて、むしろ大体言いたいことは分かるって側なのだけど

 

「説得力」という視点で物事を考えると、それほど精緻な議論をしているわけではない、という格好の材料になったので使わせて頂いた

 

同じ様に、よく成功した経営者のセミナーとかも、それはたまたま運がよくて成功しただけかもしれないし、その人自身が成功した要因と思って語っていることが、実は違っていたり

 

最もなことを言っているようで、実はあまり説得力のないことも多いと思っていて

 

幻冬社の見城さんが、自分の講演など聞いても意味がない、だから講演などやらない、といった趣旨の発言をしていたが、ある意味その通りだと思う。

 

人間観察の視点からすれば、人間の理解度や有意義というものは、ほとんどが本人の主観で決まると思っていて

 

本人が本気で聞く「姿勢」を持って入れば大抵のことからも学ぶことはできるが、もの凄いことを言っていても、本人に姿勢や理解力が伴わなければ、どんな素晴らしい話しもただのBGMになる

 

つまり、我々が「説得」とか「納得」とか言っているのは限りなく主観的なことで、本当の意味での精緻な説得力など滅多に存在しない、ということを指摘したかったのです。