IT人の政治リテラシー向上を目指して

元政治家秘書、現IT起業家が主にIT起業家、エンジニア、デザイナーなどIT業界人の政治リテラシー向上を目指して、日々のニュースや政治トピックについて言及。たまに起業ネタや映画ネタなども。5分で読める1,000文字、10分2,000字を目標。

人工知能領域に関する考察メモ②

人工知能研究に生化学と物理学が必要な理由

 

これは主に人間の脳を再現しようとすることから始まる話しである。

脳の構造を再現するわけだから、生化学は直ぐわかるが、なぜ物理学なのかと言えば、脳内における電子活動は物理学の量子論の振る舞いをするからである。

 

ここまでは一般的な話しなのだが、脳内の振る舞いだけでなく、人工知能そのものになると実際は2つの点において相対性理論の考え方が必要になると考える。

 

1つは人工知能アルゴリズムを設定する時、あるいはパラメーター設定をする時に、観測点が異なること、あるいは観測者が異なった場合、そのパラメーターがどう変化するか、あるいはその視点を組み込まないとどうしても精度の高いアルゴリズムが完成しないという点である。

 

例えば、幸福を係数設定するとして、簡易的に幸福パラメーターの内訳を仮に物質的な充実度からのみ成ると仮定して、それが100の場合であっても、観測者(他人)からみて幸福でない、と主観的に思われてしまうのなら、その係数だけをそのまま使うことは実用性に乏しい。

 

もう1つは、量子論がミクロ的な、相対性理論がマクロ的な振る舞いを記述するのであれば、ある意味、あらゆる統計分布の極大と極小における振る舞いはこの両者の理論によって説明されるとすると

 

統計学的に、正規分布の極大と極小の振る舞いを捉えるのに両方の理論を導入しないと、直感的にはだが100%の精度のものを作ることが難しくならないだろうか。これが、実際は脳の再現に物理学が全般的に必要になるということと、統一理論と人工知能がかなり近似してくるところではないだろうか。

 

そしてこれが名だたる科学者が、人工知能は不可能あるいは困難だ、という1つ根拠ではないだろうか。(いわゆるフレーム問題他、人間の思考が量子計算に似ていることも含まれる)

 

ただ、これまでの考察によると、数学的な証明は科学者に委ねるとして、仮説として偶然は存在しないこと、つまり電子の量子的な振る舞いにある種の規則性があることを仮定し、ある観察によって得られる化学法則を導入することにより、パラメーター設定とアルゴリズムに関する部分は、数学的な統一論の証明を待つ事無く、実務に導入できるのではないだろうか。

 

この偶然性を排除する、つまり物事には何らかの因果関係が存在するという考え方は極めて宗教的、哲学的なテーマつまり例えば神は万能であるか全能であるか、という話しにも飛躍するため、人工知能を思考することが生化学、物理学から神学や哲学へと繋がってくる。

 

ここにきて、人工知能を研究することは、一方で人の意識を研究することでもあり、それは人類全体が取り組んでいる大きな課題との結びつきが見てとれる。こうしたことは、今世紀において人類全体が人工知能を含め、人とは何か、という共通の課題に多くの問題が集約し、抱え直面しているのではと思わざるを得ない時がある。

 

また、ドイツの哲学者シュタイナーが、人間の脳は眠った時に活発に活動することを、おそらく観察により1世紀も早く近代科学よりも先に発見していたことは本当に驚嘆せざるをえない。

 

仮説が既に存在するなら、ビッグ・データをまず構築し、それを観察し、そこから何らかの関係法則を統計学で導くことも、実用的には充分に耐えられるだろう。(いわゆるデータマイニングというものになる)

 

しかし、人間に関する諸法則というのが仮に明らかになったと仮定して、その使い方を誤れば文字通り映画のような出来事が生じてしまうだろう。(例えば映画、マイノリティ・レポートのような犯罪係数の設定による事前逮捕)

 

この世に絶対的な善が滅多に存在しないように、絶対的な悪もまた滅多に存在しない。真理の発見や活用はある意味、トポロジー的であり、それは民主主義にも似ている。100人の救済は時に他の100人に不幸をもたらす。本質は変わらず、位相だけが変化する。そのような意志決定を人の身でありがなら下す事にためらいと、それに気づかない世の無神経さに驚きを覚える。