面白いと思ったのは大きく二つ。
前者は本書の一読を勧める。本ブログで取り上げるのは後者である。キッシンジャーはニクソンの時から安全保障に関する大統領の補佐官を務め、以後、アメリカの外交に多大な影響を及ぼしている。
キッシンジャーの頭の中を読み解けば、近代のアメリカ外交の本質も見えると言っても過言ではない。
まずは、ベトナム、冷戦におけるアメリカの根本的な考え方だ。
基本的にアメリカは資本主義者、民主主義者の国である。当時のアメリカ人が絶対的に恐れていたこと、それは自らの資本を失うこと、すなわち、アメリカの共産化、世界の共産化に他ならない。
そのためには、ソ連という大国を如何に封じ込めるか、それが当時の外交の大きな課題であった。
ここでキッシンジャーの勢力の均衡(balance of power)という概念が出てくる。
それは共産陣営と戦争になった場合、常にアメリカが勝利しなければならない、ということだ。
まず、ベトナム戦争はその概念で、ベトナムが共産化しないように起こした戦争である。(トンキン湾事件というのはアメリカが口実を作るためにCIAに工作をさせたものである)
何故、アメリカからあんな遠く離れた国にアメリカが干渉するのか?その答えが正に勢力の均衡、のためである。
ベトナムはペルシャ湾からのシーレーンにあり、かつあそこが共産化した場合、隣の中国も併せて東南アジア一帯が、一気に共産化する可能性があった。そうすると、中東においても不利になり、一気に勢力の地図が塗り変わっていた可能性がある。
ここでキッシンジャーの思考の本質に迫るにはもう少し予備知識が必要となる。
キッシンジャーの頭の中には根本的に“地政学”がある。マハン、そしてマッキンダーといった海上のおける権力論、あるいはクラウゼビッツ、リデル・ハートなどの戦略論、そして彼がユダヤ人であることに起因しているであろう、深い世界史への洞察である。
これらの予備知識が抜けていると、キッシンジャーが根本的に何故そう考えるのか、という部分は理解できない。
何故シーレーンが重要なのか、あるいはベトナムを失うことが、長期的にアメリカが戦争に敗北する、という結論に辿り着けない。
キッシンジャーの頭にあったのは、ベトナムを失うことは、アメリカの権益にとって致命的になり得る、ということだ。そしてこの考え方は、基本的に今も何も変わっていない。
その権益とは何か?
よく、中東での戦争介入をする理由は①石油②イスラエルと日本では報道されるが、実際は違う。①海上権益②イスラエル③が石油である。断言しても良いが、アメリカはイスラエルがなくても中東で戦争をしている。そして、アメリカは石油の産出量は自給自足できるレベルで、石油欲しさに戦争はしない。しても代理戦争で間に合う。
その本質を抑えると、アメリカがクリミアをロシアに対して妥協するわけがないのもわかる。(台湾も同様である。)
クリミア単体でそれを見ていないからだ。かつてベトナム単体でそれを見ていないのと同様に。アメリカの外交史は殆ど戦争史だが、そのほぼ全てが海上の権力を獲得、維持するためにある。それが本質である。日本と戦争になった原因も実は海洋権益の勢力争いである。
それはつまり、ギリシャ、ローマ時代から歴史的に覇権とは要するに海上権益を握ることに他ならないからだ。それがすなわち、キッシンジャーの頭の中にあることである。
そして、アメリカの自由主義と資本主義を守り、拡げようとするその双方の目的も勿論、海上権益あっての話しであり、逆に自由主義を盾に海上権益を拡げる事も目的に適っている。
逆に言えば如何に中国の経済力が成長しようと、アメリカの海洋覇権が覆らない限り、中国が本質的にアメリカを抜くことはない。
そしてリシュリュー時代から、外交とはそのパワーバランスをコントロールするためのものであり、戦争も外交の一部となる。
そして、パワーバランスを保つためには、敵の敵は味方になり得る。その概念で同盟国を選ぶ。そして、外交というものは、驚くほどに無機的に、誰が考えても合理的な結論や、ナッシュ均衡的なものに落ち着く。
例えば、ドイツを封じ込めるために、イギリス、フランスは百年戦争も戦った以来犬猿の仲であったにも関わらず、同盟を結んだが、それは状況が再現されれば、時代を変えても同じことをする、ということだ。第一次、第二次大戦はそれを物語っている。
従って、リシュリューの時代の外交でも学ぶこと、アメリカの歴史的な外交政策の本質を学ぶことは、現代の日本、そしてこれからの国際情勢の外交の動きの予測を容易にする。
アメリカがどう動くか、例えば何故、尖閣と台湾では対応が異なると予想されるのか?
(つまり台湾が中国に帰属するような事態になれば、覇権は大きく動く。中国はこれを、プーチンがクリミアでやったことと同じようなやり方でやろうとするだろう。)
またその意味では、1990年代のユーゴスラビアはアメリカにとって非常に特殊な戦争だったと言える。ユーゴスラビア介入はクリントンの選挙政策のためだが、アメリカは自国の兵士が犠牲になると直ぐに撤退し、バルカン半島はより混乱を極めた。
そして、アメリカはルワンダの内戦、虐殺にも干渉しなかった。
何故、ユーゴやソマリア、ルワンダとイラク、アフガニスタンは違ったのか?そして冷戦が終わっても、アメリカはロシアの南下を嫌がる理由もよくわかる。
全てはキッシンジャー時代から何も変わらないアメリカの外交方針と、それよりも昔の1700年代、リシュリュー時代から続く、“外交”というものの本質から読み解ける。
今日のまとめ
- アメリカが世界一豊かな国であるのは、覇権を握っているからだ。そして、覇権とは海上を支配していることに強く結びつく。
- アメリカの外交はキッシンジャー以来、この海洋の権益を守る、という点で一貫している。それはアメリカの自由主義と資本主義を守り、拡げるという理念にも繋がる。そして戦争は外交の一手段である。
- アメリカの対外的な戦争の理由の大半もこの海洋の権益というものに結びついている。
参考文献(より深く知りたい人のために)
Diplomacy Henry Kissinger
100年予測 ジョージ・フリードマン
海洋権力史論 マハン
デモクラシーの理想と現実 マッキンダー